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Quoi Q&A -Daikatsuyaku-

Go Itami ( 写真家 )

今、このタイミングで何かについて書く、ということは、

 

日毎変わる世の中の状況に大きな影響を受ける。

いつだってそんなことは当たり前で、今に限ったことではないのだが

 

昨日までの常識だとされてたことや、正解かのように思われてたことが

 

一気に反対に転じることが最近は多いように思う。

一番過敏な幼少期を昭和という時代で過ごし

 

のらりくらりと平成を過ごして今に至った自分には、信じてきた、

そして信じたい価値観も今となっては足かせというか、

こびりついてしまった錆のようでうざったくなってしまった。

全て新しい、今の価値観が正しいとは思わないが、

古くさくなってしまった自分はやはり必要ない。

もっと軽やかに柔軟にいたいと思うのは、

 

そうでないことが痛いほどわかってるからだ。

外に向かって開き、新しい価値観を認めていく、

 

受け入れていくということの難しさよ。

インターネットを見ても、本を読んでも、テレビを見ても、誰かと話をしても、

 

自分は何も知らない、ということだけを日々突きつけられる。

もう自分の無知を嘆くような段階はとっくに過ぎてしまった。

謙虚に一つずつ学ぼうとするが、インプットした分よりも多くのことが

 

忘却されていってるように思う。

自分が日々関わったものを、目にした事物を写真にしておくことは、

 

この忘却を一定期間延長する手助けになる。

いつかはきっと彼方へと追いやられる記憶も、一枚の写真を見ることで、

 

あまりにも鮮明に当時のことを思い出すことがある。

しまっては見つけを繰り返すことが出来るのが、

 

やはり写真のいいところではないか。

大活躍について書くはずが、写真の話になってしまった。

ただ、自分にとっては世の中の当たり前に、ほんまか?

 

と突っ込みを入れられるのも写真だし、家族のアルバムを作れるのも写真だし、

 

自分が生きている、今、このときを記録しておくことが出来るのも写真だし、

 

もう自分の生と写真はわかちがたく結びついてしまっている。

写真、大活躍である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Go Itami

写真家

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